「物語を語るのをやめなさい」インドの師匠たちとガンガジの伝授

今日は、久しぶりに大好きなガンガジ師のDVDと、素晴らしいスピーチを投稿します。
最後に、彼女の師、パパジの動画(聖なる笑い)を紹介しました。
笑いの効用、聖なる笑いLaughing Buddha(1)に登場した欧米女性の問答にフォーカスしています。
まずはガンガジの存在感からどうぞ。

ガンガジ 「愛と感謝(Love&Gratitude)
http://youtu.be/bhZ3Ujwfo6s


Gangaji(ガンガジ)、アメリカ女性で高次の意識に達した方。
『ポケットの中のダイヤモンド』の著者。
スピリチュアルティチャーとして世界各地を歩き、師からうけた招待を人々に分け与えている。
その招待とは、人間存在の本質である<絶対的自由と不変の平安>に、完全に目覚めること。


^^^ガンガジとの対話から 「物語を語るのをやめなさい」

ラマナ(*1)からのプレゼント。
それは、自己検証です。

あなたとは本当は誰であるのか、
ということへの
自己尋問です。

何が本物なのでしょう。
ここに在る、『真実』は何なのでしょう。
そして何がまぼろしなのでしょう。

通り過ぎて行ってしまうものは何で、
永遠に続いているものは何なのでしょう。

不滅のものは何で、一過性のものは何でしょうか。
そのことに対する偽ることのない調査です。

私の言葉でお伝えするなら、
『真実を語りましょう。
ただ、本当のことを語りましょう。』
ということです。

この言葉をお聞きになった皆様は、
『今、嫌な気持ちだ。
そうか、真実とはこのことだな。』
『嫌な気分。これが真実だ』
と、このように表面的なことだと思い込まれます。
でも、それは、真実ではありません。

嫌な気持ちはあなたの感情です。
あなたがそのように感じているというのは本当ですが、それがあなたの真実ではありません。

あなたがどう感じているかを知ることができるのは重要です。
でも、あなたの『真実』は、
どのような感情よりももっと深く、もっと近くにあるのです。

「嫌な気分だ」というときに、それが真実であるというふうに、そこでおさまってしまわずに、もっと深く調べてごらんなさい。

表面的な真実を、それが真実なのだというように、そこで落ち着いてしまわずに、
例えば、嫌な気分なのは一体誰なのか。嫌な気分だと感じているのは何なのか。
という具合に掘り下げて調べてみるのです。

以前、あるグループの方々に、
「私自身が、私という被害者のストーリーを語っていたことを知らなかった」
とお話ししたことがあります。そのことを昨日は皆様にお話しいたしましたが、
私は、それが真実だとすっかり思い込んでいたのです。

つまり、
『ひどいことが私の身に降りかかった。それが真実だ』
と思っていたのです。
私は惨めだと感じ、それが私の真実だというふうに信じきっていました。
まるで、信仰です。

でも、私がお話ししている真実というのは、そういうことではありません。

いろいろなことが起き、ある体験をしたというのは本当でしょう。その体験は嫌な体験、あえてそのように申しますが、そのようなものであるかもしれません。
でもその体験や、考えや、嫌だという感情よりも、 もっと深いところ、もっともっと近いところにあるのが “真実” なのです。

条件づけと苦しみ、という私たちの存在の仕方は、 どのように感じ、どのように体験したかを “真実” として受け取りますが、そこに苦しみの連鎖が生まれます。

感情や考え、心の状態やあなたの状況、といった表面にとどまり、“あなたの物語”、つまり、感情の物語、身体的物語、精神的物語、状況の物語、といったそれを、芝居の出来事と受け取る代わりに、事実なのだと受け取るところに、苦しみの連鎖があります。

感情としての物語は、怒りや、または祝福であるかもしれませんが、
それは真実ではないのです。

私がここでお話ししている区別 、真実に関する区別が、おわかりになるでしょうか?

理解のための重要な鍵だと感じます。優れた叡智の一つです。

私たちはあまりにも表面的なレベルで生きてきました。
そして表面的であるがために苦しんできました。

なぜ苦しんできたのかというと、それは、私たち一人一人の中に、
真実の自分自身を知りたい、
それを、感じ、表現し、それに出会いたいという、
真実の深み、真実の存在としての深みがあるからです。
にもかかわらず、
『そうよ。こんなことが起きたのよ。これが真実なのよ』
という具合に、表面で収まってしまうと、それ以上の深い事実が見過ごされてしまうのです。悲劇的な見過ごしです。

ですからパパジ(*2)が、
『Stop』と言ったのは、実際に、
物語りを語るのをやめてご覧なさい、という意味なのです。

一瞬です。

一瞬よりももっと短時間で、あなたの物語を語るのをやめるのです。
それがたとえステキな物語だとしてもです。
ただ、やめる。のです。

そうすると、即座に真実があらわれます。

あなたが物語に埋没しそれを語っているあいだは、
あなたは真実を語れません。
あなたが真実を語るなら、あなたはもう物語は語れません。

あきらかでしょう?

素晴らしい宗教や、研究機関、そして、救世主やアバター、そのようなすべてが、
このシンプルな直接性のことについて言及しています。
(訳者注 認識の対象が、あいだにいかなる媒介も無く存在すること)

『止める』

あなたの中であなたの物語を語るのを止めてごらんなさい。
たった今です。物語が、もうちょっと良くなってからではありません。悪くなってからでもありません。たった今です。

昨日ここで、先延ばしさせるということについてお話しになった方がいらっしゃいましたが、まさにそうです。先に延ばすのをやめるのです。
あなたの物語を語るのを、たった今“やめる”のです。
そうすると、真実があらわれます。
はっきり明確にわかるかもしれませんし、そのように感じられるかもしれません。
どのようにあらわれても同じことです。

私にとって興味があるのはこのことです。

これが、私の師であるパパジが、
私を、こうして皆様のところに送り込んだことの理由です。
皆様にやめるように告げ、それが可能だということを証明し、それは簡単にできるのだということをお目にかけるためです。

そのようなことは困難で努力が必要だ、と言うのは、やめることへの抵抗です。
抵抗は、次のような希望からやってきます。

物語が、いつかあなたが欲しがっているものを与えてくれるかもしれない。
あなたの物語を、感情的にも、ほんの少し必要な手直しをし、変化させることができれば、やがては欲しいものが手に入るかもしれない。

皆様はそのことをよくご存知でしょう。
皆様はそのようなことを経験なさっているからです。

確かに、物語を変えることはできます。より良い物語に変えることはできます。
それは素敵でしょう。あなたの物語を良いものにするために、
私は、援助を惜しみません。もっとよい物語の中にいる方がいいのは当たり前ですから。
でも、私があなたの物語の中に現れたことの目的は、“やめる”ということへお誘いするためです。

たった今です。

あなたがご自分の物語を語るのをやめた時、あなたは私の物語を語るのもやめるでしょう。また、彼の物語や彼女の物語を語るのも止めるでしょう。
そうすると、一瞬にして、あなたは、あなたが何であるかを見いだすでしょう。

そうなると、そのあとで、また物語が現れたり消えたりしても、もう、あなたが誰なのかという事に関しては、まったく揺らぐことはありません。

それはまるで、夜、眠りのなかで夢を見るようなものです。
夢には始まりがあり、終わりがあり、夢を見ているときはまるで本当に起きているように感じられますが、それは明らかに夢ですね。
これが目覚めるという意味です。

夢の中にいながらにして、目覚める。あなたの物語が終わる前に目覚める。

それぞれの物語はやがては終わります。この肉体という物語はいずれ終わります。
この精神という物語も、この感情という物語も、やがては終わります。

物語のまった中にいて目覚めている。これは、夜、とてもはっきりしている夢をみているようなものです。あなたは、はっきりとした生を生きる可能性を持っています。
明晰な生です。真正の生です。

肉体の物語は続くでしょう。この身体にも、あなたの身体にも、物語があります。
遺伝や環境や、子どもの頃の栄養や栄養不足、そういったように、それぞれの物語があり展開して行きます。

でもあなたは、物語が現れ出てくる源である、明晰さです。
身体の物語が向かっている場所に関わらず、
あなたは、それが現れ出てくる、源である、澄み切った光です

あなたの注意が、身体的な物語や、精神的、感情的、状況的な物語から抜け出ると、
あなたは一瞬にして、あなたの真我とは、明晰で澄み切った、無限な広がりであることを知るでしょう。

それを言葉で定義することは不可能です。


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(*1)マハルシ・マウナ =ウキペディアより一部抜粋

言葉での教えより、マウナ(沈黙、静寂)こそが最も力を持っているとたびたび語っている。
マハルシは、マウナを「永遠の雄弁」であると表現し、言葉を発することはその力の妨げになると述べている。実際に、マハルシに会いに来た人が、言葉を交わすことなしに、目と目を合わせるだけで、心が落ち着き、今まで味わったことのない幸福感に包まれたというような話が、信奉者らのマハルシとの思い出を収録した『FACE TO FACE WITH SRI RAMANA MAHARSHI』などの書籍の中でよく語られている。

「私は誰か?」という問いかけによる実践的な真我の探求(アートマ・ヴィチャーラ)を推奨した。


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(*2)パパジ =ガンガジの師

パパジのティーチングの様子。
一人の女性をサポートし、自己解放へ誘う様子が撮影されています。
Papaji - Spiritual awakening in four minutes
http://youtu.be/NMHcak07pmE

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by lamsoleil | 2014-01-19 07:45 | 本当の自分を知るために

新しい地球づくり、コミュニティつくりを中心にフランスから発信しています


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