農の意識改革:不耕起栽培でホンモノの米作り?

私は戦後の開拓者の子供として大分県の山の中で育ちました。
出身は信州だったのですが、家庭の事情でそういうことになったようです。
百姓ではなかった両親は、大変苦労しました。子供だった私にとっても、長い時間歩いて小学校に通うのは辛かったです。でもそれよりも辛かったのは、いじめっ子から「カイタク、カイタク」とはやされたことでした。

母が体が弱かったので、東京に戻ることを決め、(若い頃東京で看護婦をしていたから。そして叔母の誘いがあったら)急に大都会に住むことになって、再び、戸惑いました。

ずっと後になって、フランスに住むことになり、多く人に羨ましがられることもしばしが。その度に、あの九州の山の生活を思い出します。平凡とはかけ離れた私の人生で学んだものは、「人それぞれ自分の道があること」でした。どこに住んでも、住む人にはそこが世界の中心になります。戦争がない限り、どこも素晴らしく、誰もチャンスに恵まれ、地球の愛と天の慈悲に恵まれていること。そして全てが「ひとつ」であることを悟れば、自分のためも、他人のためも全く同じことあると感じられること。そしてそれが幸せな道であると。

エコビレッジ、エコビレッジ、と何度か私の挑戦を書いていますが、このエコというのは、エコロジーで、エコロジーとは循環性生態系のことなんですね。循環しない生態系というのは、消費型社会や化学肥料を使った農業であり、いつかは使い尽くし、廃墟になることを意味します。今更説明するまでもなく、みなさん、もう御存知かと思います。

しかし、循環型有機農業で開発開拓を進めている農家が、全体に比べてどのくらいいるでしょうか?
まだまだマイノリティーなんですね〜

そこで、今日は真剣にこの問題を考えてみました。
数年前から、東北大震災がある前から、惑星の浄化、地球の浄化が叫ばれて来ました。
しかし、それとまともに取り組んで来た人はどれくらいいたでしょうか?

「世界が平和になりますように」と祈って来た人たちは、日常、どんなことをしていたのでしょうか? 何を食べていたのでしょうか? 私自身も、祈りはして来ましたが、自慢できるほどの実践はありませんでした。それでも最近は、空気や大地を汚さないために、さまざまな取り組みをしている人はずっと増えて来たように思います。

十数年前になりますが、気功を教えていた生徒さんから、福岡正信氏の「藁一本からの革命」という本を貸してもらって読んだことがありました。本当に驚きました。そして感動しました。でもその頃の自分にとっては、土地をもって農業するなどということは、遠い次元の話でした。両親は日本の片隅に生きていましたが、埼玉の集団住宅地にこじんまりとした老後を送っていました。彼らにとって「農業はもうごめん」という具合でしたし。

そんな両親の苦労がDNAに遺伝しているのか、私も毎日食べ物を口に入れているにもかかわらず、農に対して鈍感でした。

しかし、時が経つに連れ、徐々に大地とのつながりの重要性に気がつき、水の汚れ、海の汚れが、気になりました。今、菜食になりましたが、魚は時々食べようと思っていますが、魚の汚染(重金属)が気になり、魚屋の前は素通りしています。タンパク質を採るためには、タンパク質を作るきっかけを作る成分のあるもの、生の果物をたべればいいということを知り、どんどん、肉や魚介類から遠ざかっている今日この頃です。

私たちが学校で学んだ栄養学というものは、全くといっていいほど、真実から遠いものだったことが分かり始めていますね。

そんな私たちの意識を覆してくれる動画がありました。

植物の本能を活かすことが素晴らしい結果につながること。
野生化した稲は公害にも、冷害にも、害虫にも強い稲になる。
佐渡では記念物のトキを自然に帰したいけれど、その環境はトキが生きて行ける状態ではなかったという悲しい現実があった。
そこで、始まったトキのために、環境改善を目指す土地の人たちの挑戦。。。

最後まで、退屈することなく、見終わりました。
素晴らしいです。日本の農に携わる方々にエール送ります。


耕さない田んぼが環境をかえる1/6



2/6



3/6



4/6



5/6



6/6

[PR]
by lamsoleil | 2014-09-26 04:52 | 新しい意識、新しい創造

新しい地球づくり、コミュニティつくりを中心にフランスから発信しています


by lamsoleil